
ワールドスタンダード/鈴木惣一烽フ 実録!モンドくん日記
「趣味を軽く扱うな。趣味は選択であり、その人の生き方につながる」。ハリーの名著『地平線の階段』からスーザン・ソンタグ氏の引用です。ホントその通りで、音楽にまつわることすべてが僕のお仕事であり、全くの趣味。だから毎日がお遊びでお仕事。ですから、たのしくたのしく疲れます。この「モンドくん日記」は基本的に僕が毎日、何を見て、聞いて、買って、読んで、何を感じたか?それだけを記したものです。けれど、その記述だけで僕自身の全人格、生き方がわかります。わかるはずです。すべて実録いやホント。気軽に毎週ウォッチングしてみてください。さあ、今日から貴方もモンドくんウォッチャーだ!。(鈴木惣一朗/worldstandard)
高田漣くんモンドくんコラム
高田漣くんと始めて会ったのは、およそ2年前。いきなり録音スタジオだった。秋葉原の福岡史朗君のスタジオで、ぼくはプロデュースだった。名前は知っていたけど、彼についてぼくはほとんど無知で、福岡くんが強烈にぼくに薦めてくれた。「漣くんこんにちは。さぁ、始めましょうか」最初、まぁ、こんな感じだったと思う。
音楽の現場は何処でも同じで、常に時間との戦いだ。時間がないというより、音楽の鮮度があるうちに、グルーヴのすべてを録音しないといけない。だから、いつも、ぼくは、いっぱい・いっぱいだ。ライヴのために音を組み立てているときも同じ、丁度いい感じに落ち着くまで、いっぱい・いっぱいだ。普段の生活も、いっぱい・いっぱい? なので、現場でのディレクションはせっかちで、人への接し方もぶっきらぼうになることがある。エクスキューズを付けている余裕が全くなくなってしまう。そんな時は、お互いの音楽家の信頼関係がとても大切だ。
ぼくが音楽の現場で使う言葉は、何処でも大体は同じ。「この音はいらない。消してしまおう」。「消してから前進しよう。もう少したっぷりと。何もしなくていい。でも、大きく演奏しよう。ほとんど聴こえないぐらいでいい。ムーブメントだけでいい」。「音を足そう。やはり、止めよう。もう一度プレイしてみよう。ダブルにしてみよう。マイクに対して、オンで演奏。オフでやってみよう」。「ロックで。ブーストするぐらいやってみよう。ハモってみよう。ユニゾンで。メロディを。空間を。白玉で空間を埋めて。刻むだけでいい。刻み過ぎ」。「もう出来ている。出来上がり、演奏しなくていい」。「歌い過ぎ。もう歌わなくていい」。まぁ、大体こんな感じだ。こんな感じぐらいで、ほとんどの現場は何とかなるとも言える。音楽を言葉で説明するのはとても難しいが、信頼があれば、そのニュアンスをお互いに魂で共有できるものなのだ。その点、漣くんは初対面なのに、最初からとても感(センス)がよかった。よかった以上に絶妙。音楽に何が求められているか。音楽が何を求めているか。ぼくが何を求めているか。自分が何をしたいか。そんな単純なことを素早く理解していた。しかも、ひょうひょうとしている。「そうですねぇ、わかりました。もう一回やってみましょう。う〜ん」。
彼の専門はペダル・スティール・ギターだが、その時のセッションは確かフィドルで、門外漢の楽器なのに彼は素早く求められたものを奏でた。その後のスティールのセッションが素晴らしかったのは言うまでもないが、ぼくはわずか1時間ほどの彼とのセッションで、彼のそれまでの音楽、彼の人柄すべてを認めた。「素晴らしい音楽家です」。

こういうことは、やはり稀で、高田漣くんという音楽家はぼくに強烈な印象を残した。後日、ぼくがあがた森魚氏のライヴ・メンバーに彼を誘う。それはとても自然なことだった。ライヴでの彼のプレイは強烈で、その時、共にステージを飾った桜井くんの響き同様に、もはや、ぼくの音楽には欠かせない、ひとつの響きとなった。漣くんという響きが、ぼくの兄弟のように思えてきた。そして、ワールドスタンダードのいろいろな現場を経過し、先日の彼のデビュー盤『ララバイ』のプロデュースへと辿り着く。出会いから今日まで、実に自然な音楽の流れがあった。その流れに逆らうことなく、これからも彼と音楽を続けようと思う。
そして、ぼくは、ずっと考えている。「高田渡を父に持つというのはどういう感じなのだろう」と。